物語

隣に世界があった。もうひとつの“世界”である。

原始の息吹が大気に渦巻くその世界は、我々にとって過去でもあり、未来でもある。

そこには、人によく似た者たちが生息していた。

ツノを持ち、仲間の肉をも食らう蛮族。似て非なる存在である。
その異形の影だけが、我々の世界と唯一異なっていた。

一見すると、隣の世界はそう覗けてしまった。だから、発見者はこう名づけてしまった。“劣界”と。

隣の世界は、直径わずか5mmの穴からしか覗くことができない。その小さな落とし穴こそが、我々の世界と劣界を繋ぐ唯一の接点である。

5mmの穴、いわゆる“隣への陥穽”は、ある財力によって誰にも知られぬよう囲われ、覆われた。もうひとつの世界から得られる利益を独占するための、それはごく当たり前の隠蔽であった。

劣界を構成する“ある要素”によって、異形の蛮族は在り続けた。しかし、それを知る者はどこにもいなかった。

緩やかなる不幸の幕開け、いや、幕はとっくに開いたままであったのかもしれない。たった5mmの狭さで。

劣界そのものである“それ”は、小さな陥穽から人間の世界へごく当たり前に蔓延した。

発見者も、研究者も、資本家も、誰もが気づかぬまま。

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